平成20年(厚)第64号
平成20年8月29日裁決

主文
社会保険庁長官が平成○年○月○日付で請求人に対してした、障害厚生年金及び障害基礎年金を支給しない旨の処分は、これを取り消す。社会保険庁長官が平成○年○月○日で請求人に対してした、国民年金法等の一部を改正する法律(昭和60年法律第34号)による改正前の厚生年金保険法の規定による脱退手当金の裁定が取り消される限りにおいて、同人には、平成○年○月から、障害等級1級の障害基礎年金が支給されるべきである。
請求人のその余の請求は、これを棄却する。

理由

第1 再審査請求の趣旨
再審査請求人(以下「請求人」という。)の再審査請求の趣旨は、障害厚生年金及び障害基礎年金の支給を求めるということである。

第2 再審査請求の経過
1 請求人は、平成○年○月○日に、厚生年金保険の全被保険者期間をその額算定の基礎とする、国民年金法等の一部を改正する法律(昭和60年法律第34号。以下「60改正法」という。)附則第75条において、昭和16年4月1日以前に生まれた者につきなお効力を有するとされた、同法の規定による改正前の厚生年金保険法(以下「旧厚年法」という。)の規定による脱退手当金(以下、単に「脱退手当金」という。)の裁定(以下、この裁定処分を「本件脱手処分」という。)を受け、当該脱退手当金を受給した。
2 請求人は、その後の平成○年○月○日(受付)、高血圧性橋出血(以下「当該傷病」という。)により障害の状態にあるとして、社会保険庁長官に対し、障害認定日における障害厚生年金及び障害基礎年金(以下、併せて「障害給付」という。)の裁定を請求した。
3 社会保険庁長官は、平成○年○月○日付で、請求人に対し、当該傷病の初診日を平成○年○月○日と認定した上で、同日において同人は厚生年金保険の被保険者であった者に該当しないとして、障害給付を支給しない旨の処分(以下「原処分」という。)をした。
4 請求人は、原処分を不服として、○○社会保険事務局社会保険審査官に対する審査請求を経て、当審査会に対し、再審査請求をした。その不服の理由は、当該傷病の初診日は、平成○年○月○日である、というものである。

第3 問題点
1 旧厚年法第69条第1号は、脱退手当金の受給要件に関して、「その者が、障害年金(注:60改正法附則第75条により、障害厚生年金は、障害年金とみなされる。)の受給権者であるとき」には、脱退手当金が支給されないこととし、その第71条は、その支給の効果として、「脱退手当金の支給を受けたときは、支給を受けた者は、その額の計算の基礎となった被保険者であった期間(以下、この期間を「脱手支給期間」という。)は、被保険者でなかったものとみなす」と規定している。
2 そうすると、本件脱手処分がその効力を有する限りは、当該傷病の初診日が請求人の主張するように平成○年○月○日(脱手支給期間中)であろうが、また、保険者が認定したように平成○年○月○日であろうとも、当該脱手支給期間が遡及して国民年金の第2号被保険者(厚生年金保険の被保険者)でなかった期間になるので、同人には障害給付の支給が認められないこととなる。しかし、請求人が平成○年○月○日(本件脱退手当金の裁定日)において、既に、いわゆる認定日請求による障害厚生年金(注:障害等級2級以上の同年金の受給権者には、併せて、障害基礎年金が支給される。)の受給権者である場合には、前記旧厚年法第69条第1号の規定により、本件脱手処分が違法な処分となり取り消されることになる。
3 いわゆる認定日請求による障害給付は、疾病にかかり、又は負傷し、その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病につき初めて医師又は歯科医師(以下「医師等」という。)の診療を受けた日(初診日)において、厚生年金保険の被保険者であった者(以下、この要件を「被保険者要件」という。)が、当該初診日から起算して1年6月を経過した日(その期間内にその傷病が治った場合においては、その傷病が治った日(その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含む。))(以下「障害認定日」という。)において、その傷病により国民年金法施行令(以下「国年令」という。)別表に定める程度の障害の状態にあることの外(厚生年金保険法(以下「厚年法」という。)第47条第1項及び国民年金法(以下「国年法」という。)第30条第1項)の外、以下に述べる国民年金の保険料の納付等についての要件(以下、この要件を「保険料納付要件」という。)を満たしていることが必要になる。なお、被保険者要件が満たされない場合であっても、当該初診日において国民年金の被保険者であるか、または、被保険者であった者であって、日本国内に住所を有し、かつ、60歳以上65歳未満で保険料納付要件を満たせば、障害厚生年金は支給されないが、障害基礎年金が支給される(国年法第30条1項)。そして、上記保険料納付要件は、初診日の前日において、当該初診日の属する月の前々月までに国民年金の被保険者期間があり、かつ、@当該被保険者期間に係る保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が当該被保険者期間の3分の2以上であるか(以下、この要件を「3分の2要件」という。)、又は、A当該初診日の属する月の前々月までの1年間(当該初診日において被保険者でなかった者については、当該初診日の属する月の前々月以前における直近の被保険者期間に係る月までの1年間)が保険料納付済期間又は保険料免除期間で満たされていることとなっている(厚年法第47条第1項及び国年法第30条第1項ただし書並びに60改正法附則第20条第1項)。
4 本件における問題点は、請求人の当該傷病を対象傷病とする認定日請求が前記関係法規定に照らして認められるかどうかである。

第4 審査資料
「(略)」

第5 事実の認定及び判断
1 「略」
2 本件の問題点を検討し、判断する。(1) 初診日とは、国年法及び厚年法上、前記第3の3にあるように、その傷病又はそれが起因する疾病につき初めて医師等の診療を受けた日をいうが、具体的には次のような日が初診日と解される。
@ その傷病について、初めて医師等の診療(治療行為又は療養に関する指示)を受けた日
A その障害の直接の原因となった傷病が他の傷病に起因する場合(両者の間に相当因果関係がある場合)は、当該他の傷病について、初めて医師等の診療を受けた日
B 相当因果関係とは、ある行為(事象)からそのような結果が生じるのが経験則上通常である場合に、ある行為(事象)とその結果には因果関係がありとするのが相当因果関係という考え方である。
(2) 確立した医学的知見に照らせば、橋出血は主に高血圧がその原因であり、その外に血管奇形による場合もあるとされ、本件の場合、当該傷病の原因が高血圧であるとする、A医師の診断をとくに否定するものも見受けられない。しかし、保険者が申し立てるように、高血圧と診断された者のほとんどが橋出血を発症するものでないことも確かである。
(3) 社会保険の仕組みを用いた障害給付制度における初診日概念は、それが被保険者期間中に発生した等、保険でカバーされるリスクを画定するためにあるという側面があることから、医学的に因果関係があるからといって、それでもって初診日を決定することは適当ではない。問題とすべきは相当因果関係である。とくにこの問題点は、本件の高血圧のように、高血圧という危険因子を抱えながら、それをコントロールして長期間にわたって特段の支障なく社会・日常生活を送ることができ、ときとして当該危険因子が障害等級に該当するような障害の状態を引き起こすといった、原因と結果発生時期に相当な期間の隔たりがある場合に顕著にみられるというべきである。このような場合には、相当因果関係を否定して、障害等級に該当するような障害の状態を直接引き起こした疾病の初診日をもって、保険でカバーされるリスクの範囲を画定する役割を担う「初診日」とすべきであり、保険者の現実の扱いもそうなっている。
(4) 本件を前記(3) の観点から検討すれば、当該傷病の初診日は、平成○年○月○日であり、同日において請求人は○○歳で、前記第3の3の被保険者要件を満たさないものの、日本国内に住所を有する国民年金の被保険者であった者であり、その前日において保険料納付要件を満たしていた。そうして、請求人の当該傷病の障害認定日は、平成○年○月○日であり、同日をもって同人は障害等級1級の障害基礎年金の受給権を取得したものと認められる。
(5) そうすると、本件においては、平成○年○月○日の脱退手当金受給前に当該傷病に係る障害基礎年金の受給権が発生していたにもかかわらず、請求人は、当該手当金の裁定請求をしたことになる。旧厚年法第69条、60改正法附則第75条等の脱退手当金関連規定からすると、障害基礎年金は障害年金とみなされないので、既に発生した障害基礎年金の受給権を遡及して取り消し、既に当該年金を受給している者には当該受給額を返還させて、脱退手当金を裁定することが法令上、違法となるわけではない。現行制度上、障害基礎年金を障害年金とみなさなかったのは、脱退手当金の支給開始年齢が今後障害基礎年金を受ける可能性が相当程度低下したと言える60歳以上とされ、また、基礎年金制度導入後も経過的に存続する脱退手当金に関して、60改正法による改正前の旧厚年法と国民年金法がまったく別の体系に属する制度であったという、基礎年金制度導入前の区別を残しておきたいという立法趣旨によるものと考えることもできる。
(6) しかし、現実には、基礎年金制度導入後は、厚生年金保険の被保険者期間は国民年金の被保険者期間でもあることになったので、障害基礎年金(国年法第30条第1項第2号の規定で、65歳前までに初診日があれば、60歳以上であってもその受給権が発生する可能性あり)の受給権発生が厚生年金保険の被保険者期間の有無によって決せられる場合も生じるようになった。脱退手当金が皆年金の理念の下で、厚生年金保険の年金たる保険給付だけでなく、国民年金の年金給付も受けることができない場合の特例的な給付とみられているのであるから、いくら障害基礎年金の受給権を放棄させ、脱退手当金を裁定することが法的に可能であるとしても、そのような障害基礎年金の受給権者に明らかな不利益を生じさせる可能性の高い処分は、当事者にその点を十分に説明し、それでも敢えて、当該受給権者がそれを望む場合に限られると言うべきであろう。そうであるから、保険者には、脱退手当金の裁定請求者が障害基礎年金の受給権を有するのではないかと強く疑われる場合、それにもかかわらず脱退手当金を裁定請求するとの意思があることを確認する必要があるというべきであり、それを怠った場合は、当該脱退手当金の裁定は、その手続に瑕疵があるとして、取り消しうると解するのが相当である。
(7) 以上の観点から本件の脱退手当金裁定手続を検討すると、当該裁定請求書を受理した担当職員は、請求者が障害基礎年金の受給権を有しているのではないかとの疑問を抱くのが当然であるところ、それについて必要な確認せず、漫然と手続を進めたものと認められる。そうであるので、本件脱手処分は取り消し得るものと言わざるを得ず、同処分を取り消して、請求人には、平成○年○月○日をその受給権発生日とする障害等級1級の障害基礎年金が裁定されるべきである。
(8) 以上のことからして、前記と趣旨を異にする原処分は、その限りにおいて、取り消されなければならない。
以上の理由によって、主文のとおり裁決する。